こんにちは。五番街M.Uです。

3月11日、私たちにとって、これからも忘れることは無いと思います。

1995年1月17日の阪神淡路大震災、驚きました。

建築物がめちゃくちゃ。

倒れてしまうなんて、想像つきませんでした。信じられませんでした。

耐震性能と耐火性能の低さや耐火が原因で1万人以上の方々の大切な命を奪ってしまった事にショックでした。

建築に関係する者として何が出来るのだろうと重くのし掛かっていました。

津波、全く想定していませんでした。14577689800443

3.11東日本大震災では約18000人の方が命を奪われてしまい、約2500名の行方不明の方がいらっしゃるとのことです。

福島第一原発事故では、津波想定高さが争点となっていますが、私自身これまで津波による被害など、全く気にしていませんでした。正直想定外、考えもつきませんでした。イメージを持っていませんでした。

万が一、仮に私が想像出来たとしても「波の力は建物2階の高さにおいて1㎡当たり○○トンだから、鉄筋コンクリート造の建物であれば耐えられるだろう」などと、理系的な考え方で整理してしまうと思います。

しかし、本当に大事なこと、人々が住んでいること、生活していること、これからも生活し続ける必要があることが、すっぽりと抜けていました。地震の揺れで建物が崩壊倒壊して死者は出なかったらしい、なんて言ってられない。

 

建物だけが残っている風景、建物も生活用品も土地すらも残っていない風景、ここに人がいたのに。人がいなくなった。

 

うまく考えがまとめられませんが、けっして忘れてはならないことだと思いました。14577690125166DSC_0144_7